日記(活動報告)

2026-07-06 12:29:00

安城市 遅刻しないように

小雨の降る薄暗い朝の見守りです。少し集合が遅れがちの班があり、がんばって歩くように励ましました。
こういった雨の日は、急きょ保護者が車で送迎となるケースもあって、うまく連絡が行き届いていないと、班の出発が遅れてしまいます。かといって、1年生はあまり早く歩けないので、歩くペースもほどほどです。
近くの新池ちびっこ広場では、ヒマワリが自由気ままに成長中です。先月上旬に花が咲いた場所に黄色の丸をつけましたが、どこまで成長するのでしょうか。2度の台風にも耐えましたので、このヒマワリも見守っていきたいと思います。
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2026-07-05 20:27:00

安城市 高棚神明神社の清掃活動へ

5日朝8時より、19日に開催される、高棚神明神社の夏祭りに向けて、町内の4ブロック(組)の役員や班長が集まっての清掃活動がが行われる予定でした。
昨晩からの雨も弱まり、小雨決行でしたので集合したところ、3人しかいらっしゃいません。どうやら神社の方で早めに中止決定して、町内会経由で役員へ連絡し、その後、連絡網で班長へ連絡したようです。
私は連絡網に入っておらず、集合した3人も間違えてしまいました。残念です。

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2026-07-05 12:38:00

安城市 下菅池町内会の役員会に出席しました

4日午後7時より、市内の下菅池町内会の役員会に出席しました。今月の伝達事項や行事等の確認を行いました。
安城市が今年度より開始した市民向け事業で、「高齢者移動支援活動推進事業」があります。移動が困難な高齢者の移動支援活動に取り組む団体を支援するため、活動に利用できる乗用車を貸し出すもので、早速、町内会長の企画で、今月下旬に市から7人乗りミニバンを借りて、町内会加入の高齢者を連れて買い物ツアーをするそうです。私は自家用車で途中合流して、その様子のレポートができたらと考えています。
昨年の5月頃までは新町内会長が決まらず、私も奔走していたのですが、新しく決まった町内会長がこうして自ら企画して、地域支援に取り組んでいただき、とても嬉しく感じています。
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2026-07-04 22:30:00

安城市 コープ野村新安城で防災講座を開催しました

4日午前10時より、市内のコープ野村新安城で防災講座を開催しました。こちらは総戸数800戸を超える、A棟からE棟までのマンションで構成されています。管理組合棟の会議室をお借りして、防災座学、家具転倒防止、断水時のトイレ使用方法などを実演を交えて解説させていただきました。
戸建て住宅と集合住宅では、地震発生時の対応が異なる場面も出てきます。停電の時はエレベーターが使用できず、物資の運搬・搬出では、階段による昇降が必要となり、地下の下水管が変形・損傷している場合では、上層階での水洗トイレ使用時には、下層階でのトイレで汚水の逆流が発生する恐れもあります。
また、家具転倒防止を実施する際には、分譲マンションであっても、共用部となるコンクリート壁へのビスによる直接的な固定が禁止されていたりします。こうなると金具による強固な固定ができず、突っ張り棒等のグッズ対応が必要です。
このように、住宅事情に応じた事例を交えた座学によって、基礎知識を得ていただきながら、家具転倒防止、断水時のトイレ使用方法についても要点を学んでいただけたと思います。限られた時間でしたので、お伝えしきれなかったこともあります。次回、またお声がかかることを期待しています。
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2026-07-04 21:22:00

安城市 石川喜平公園の早朝清掃活動に参加しました

4日午後7時より、町内にある石川喜平公園の清掃活動に参加しました。明治用水開削測量を開始して200年が経過したのを機に、郷土の偉人である石川喜平の功績を後世に伝えていこうと、町内で「石川喜平継承委員会」を立ち上げ、その関係者が参加して毎月の清掃活動を実施しています。
石川喜平は文政5年(1822年)に、用水開削を目指す都築弥厚の懇願を了承し、弟子の石川浅右衛門らとともに、「安城ヶ原」と呼ばれた「ため池」に頼るやせた台地の測量に挑みました。文政10年(1827年)秋には5年をかけた測量を終えて測量図が完成しましたが、天保6年(1835年)には都築弥厚が用水の完成を見ることなく病没し、文久2年(1862年)には、喜平も75歳で死去しました。しかし、この時の測量図が、その後の岡本兵松や伊豫田与八郎らに受け継がれ、明治13年(1880年)の明治用水通水につながり、4年前に開削測量開始200年の節目を迎えました。
明治用水完成後の農業の発展は目ざましく、やがて生産物は米作、養鶏、養蚕や果樹と多方面に渡り、多角形農業と呼ばれ普及していきました。こうしてこの地は「日本デンマーク」と呼ばれるに至り、一昨年100年の節目を迎えました。都築弥厚らの陰に隠れがちで目立たないですが、和算(わさん=江戸時代に発展した数学)家で天文学者であり、教育者でもあった石川喜平の果たした功績は、非常に大きいものがあります。
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